Atlach-Nachaアトラック=ナチャ
降臨描写 | 巨大な渓谷に糸を紡ぎ続ける、それはいっそ見事な造形美を誇る建築だった。 古い糸も新しい糸もまったく遜色ないほどに美しく輝き、異界の材質であることを思わせる。 美しい建築物の上には黒く人間ほどの大きさの胴体を持つ巨大な蜘蛛が存在している。蜘蛛は自分の建造を邪魔しようとする人間にぞろりと顔を向けた。 顔だ。 そう、顔がついているであろう頭部はただつるりとして黒く淡い毛に覆われているばかり。 奴が実際に向けたのは腹側だった。威嚇するように前脚を高く上げた蜘蛛の、その胸にぎょろ目の人間に似た顔がある。 白目部分にまで毛の生えた目が探索者を捕らえ、邪魔者を排除しようともごもご口らしき部分が蠢いた。 |
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特殊な行動:糸での捕獲 | 蜘蛛の巣と全く同じように、粘つく糸が人間の体を捕える。 ワイヤーほどもある太さの糸は、ロープなど目ではないほどにしなやかで頑強だ。ナイフひとつでは傷もつかない。 もがけばもがくほど、助けを求めて手を伸ばし足をばたつかせるほどにねとつく糸に絡めとられていく。死の巣にかかった哀れな人間の前に、ぬっと影が立った。 虫のそれらしく細かく動く前脚がこそこそと目の上で左右する。ぐっと反らした背から、まあるく膨れた腹部から。ぶくりと尾が膨れたと思えば。全く蜘蛛らしい動きで糸が吐き出された。 慌てる手も足もものともせず、屈強な足がくるりと人間を持ち上げながら糸をかける。 ガムテープで拘束されるように、力を込めてもびくともしない糸が幾重にもかけられていく。 視界が狭まる。五感が覆われる。口が塞がれ、誰かを呼ぶ声がくぐもり。手が固まり、助けを求める指も届かず。ひとり、獲物は孤独に陥る。 蜘蛛糸の棺は、空気だけを通すほどの目の細かさでもって獲物をがんじがらめに捕らえ。アトラック=ナチャの、地底へと引きずる音だけが何もない頭蓋刺激にずりりと絶望をもって響いた。 |
致死描写 | ぷつりと牙が獲物の体表に届く。人間めいた口ががぱり開き獲物を咥えこんで、じゅう、と体液を啜りはじめた。 ずる、じゅる、と音がする。体が冷えていく。熱をもった血液が、細胞の間を満たす組織液が、この怪物の口内に奪い去られていくのを感じながら、それでも獲物は何もできない。 指先一つ動かせないまま、意識がはっきりしているまま、ただただ生餌として命を奪われていく。 血液の3分の2が失われると人間は死ぬという。ひたひたと迫る冷たい死を見ながら、あなたは目を閉じた。 |