Abhothアブホース
降臨描写 | 洞穴に溜まっていたのは、灰色に汚れた泥の沼のようにも見えた。 沼は常に泡立ち、気泡を表面から弾けさせ、まるで沼の底にいる生物がゆっくりと呼吸し獲物を待ち構えているようでもある。 その表現はある意味正しいと言える。間違っているのはただひとつ、その沼自体が生物だったという事実だけだった。 ぶくりと湧いた気泡は体表を突き破り、腐った臭いを辺りに振りまいて溶けていく。常に形を変え、伸ばし、縮め、くねる水面がぬるりと重力に逆らい盛り上がり、沈み、生命としての意思を存在させ続けているのが見て取れる。 その水たまりに似た淵からは見るに醜悪な、この地上に存在する如何なるものとも呼べぬ生命が湧きあがり這い上がっている。 人間ほどもある大きさの、つるりとした胴体に口らしき裂け目だけが虚に開き、関節さえない棒きれ擬きの足を動かすもの、猫程度の大きさをした噴きこぼれる肉の塊、虫の足らしき細く長いものがびっちりと豆粒ほどの胴体から生え、関節ごとにぱくぱくと口を備えた存在。 人間の想像し得るありとあらゆる醜悪を詰め込んだ生命がその灰色の汚泥から生まれてはあなたがたの前にぞろりと群れなし零れ落ちて行った。 延々と無作為な生命を生み出す母なる沼は、そして産んだ仔らに何を思うでもなく時折その灰色の触腕を伸ばしては奇怪な生命を捕え貪り食っているのだった。 |
---|---|
致死描写 |
アブホースの浅黒い触肢が探索者を捕える。それはゆらゆらとまるで探るように自らの上で姿を確かめると、その行動の全てが無意味で気まぐれであるかのようにどぼりと自らの体内に飲み込んだ。 脳も、灰も、骨も、筋肉も、何もない。 あり得るべき生命としての器官が存在しないその塊は、ただ全身でもって人間を飲み込み、他の落とし子たちとほんの少しも区別することなく溶かし、嚥下し、ただ不透明な肉の中で。 生命はこのかびた粥の中で蕩ける。 皮膚、筋肉、血液、骨、内臓、意識、それら全てがアブホースと同化していく。 ただ同じ生命となり、矮小な意思は押しつぶされ咀嚼され。 浮かび上がる者は誰一人として存在しなかった。 |